「結いのもの」? 「云納(いい入れ)」?
またまた出番がやって参りました営業の家子です。
今回は私の本職「冠婚葬祭」の「婚」についてお話をします。テーマは結納!
そもそも結納はいつ頃から行われてきたのでしょうか?
説は色々ありますが、私の知っている限りでは1,400年前の仁徳天皇の時代に遡ります。
仁徳天皇の皇太子が妃を迎える時に納菜が贈られたそうです。
(これが現在の結納にあたるもの)
※納菜? 結婚の話がまとまり男親が女親に贈り物をして挨拶に行くこと。
それ以降の、室町時代に小笠原家が結納の作法を整えたそうです。また、
結納は当時の公家や武家の間のみで行われ、一般には結婚式を挙げる習慣もなかっ
たそうです。もちろん結納もありませんでした。
Q1.じゃあいつから一般に広まったのか?
1.江戸時代
2.明治時代
3.大正時代
※答えは最後に書いてます。
じゃあ、次は結納の語源についてお話します。
それが題名として記載してある「結いのもの」と「云納(いい入れ)」です。
①結いのもの・・・宴席で共に飲食する酒と肴を意味しているという説。
②云 納・・・・・婚姻を申し込む言葉から転じたという説。
ん~どっちなんでしょうか? でも、どっちの説も実際にあるのかもしれませんね?
続いて中国の影響について...。
日本の歴史は、諸外国の影響を常に強く受けてきた傾向があると思いませんか?
特に「婚」では中国の影響は大きいといえます。
皆さんもご存知の六稀(大安・友引・先勝・先負・赤口・仏滅)だって元々は中国から
伝来して根付いたもの。結納だってそうなんですよ!
結納も室町時代に、中国の婚礼制度を取り入れて確立したものなんです。
その婚礼制度とは何でしょうか?何で結納をするのでしょうか?
皆さんは「売買婚」という言葉をきいたことがありますか?
これを説明するには、今の時代では不適当かもしれない表現を使わなければなりませんが
お許しください。 「売買婚」とは嫁をもらう代償として、男家が女性の親に金品を贈るという
世界の多くで行われてきた制度のことです。
ところが、日本は違ったんです。日本はもともとは母系社会であり「売買婚」ではありません
でした。 「妻問い婚」とか「招婿婚」という形で、男性が女性側に寄っていくスタイルだったそ
うです。
※妻問い婚・・夫と妻が離れて住み、夜に夫が妻のところへ通うこと。
※招婿婚・・・・成人した男性は通い婚をの後に婿入りします。そして生まれた子 供は母方
の実家で養育されますが、姓は父方を名乗ること。
(補足):通い婚・・・夫が妻の実家に会いにいってから同居すること
そのスタイルは、室町時代に武家が天下となり、父系社会が確立したことで「嫁取り婚」に変っ
ていったのです。そこに、古くから「嫁取り婚」の歴史を持つ中国に習い、中国の「納徴」という
儀式を取り入れたといわれています。
※納徴とは? 男家が嫁をもらう代償として女家にそれ相当の金品を渡すこと。
結納は、そういった中国の制度の影響を受けながら、その土地の風習や流儀を吸収し
発展して全国へ浸透したのです。 ですが、日本は元々「母系社会」です。
根本に母系社会があって変化してきたのです。
本質的には相手側に対する「感謝」や「礼節」の気持ちを形に表したのが結納です。
嫁をもらう代償として金品を贈る「売買婚」とは異なると考えられます。
その意味をおさえた中で、現代の結納の話をします。
昔は肴や帯地などの品物を取り交わした結納品が、結納飾りや指輪、現金に変ってい
ます。これは、古き良き伝統を受継ぎながら、合理的に変化しているのだと思います。
ですから、これからの未来では、どのように受継がれ、また変化していくのか....。
楽しみであり、少し心配です。
一般論は勉強すれば覚えることは可能です。ですが、引き継がれるべきその土地の風
習や言い伝えは、本ではなかなか知ることが出来ません。
奥州に住む皆さんに、これからも多くの事を教えていただかなくてはなりません。
それを記憶し、伝えていくことも私達の役目のひとつだと考えています。
最後まで読んでいただいた方に正解を発表!!!!!
正解は..... ②の明治時代
結納ってごく最近のことなんですね。
次回はテーブルマナーについて面白 く書いてみま~す。




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